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調査研究

 社会情勢の変化に伴って起こる労働に関する諸問題について、自ら調査研究を行うとともに(21世紀労働法研究会、人事労務管理研究会及び比較労働法研究会による調査研究(平成23年度までは21世紀雇用政策研究会も設置))、専門的事項については学者・研究者等からなるグループ等に調査研究を委託しています。

令和7年度の調査研究 

1 企業の経営理念の変化と労働政策・労働法

  (主査:山川隆一 明治大学法学部教授)

 

(1) 調査研究の背景と課題

  労働政策や労働法の課題を考える場合に、企業がどのような理念で経営に当たっているかは、いうまでもなく重要な意味をもつものである。 

 日本における企業の経営理念も、時代に応じて様々な変遷を経てきている。その歴史をどこまで遡るべきかという問題はあるものの、第2次世界大戦後の時期をみると、当初は日本企業の経営が欧米の企業の経営に比べて遅れているという意識のもと、欧米企業の経営理念にならう発想が強かったと思われる。しかし、日本経済が高度成長期に入ってからは、日本型の経営理念を標榜し、それを社会に示す傾向が強まっていった。その内容は必ずしも画一的なものではなく、また、企業経営の様々な局面に応じてその現れ方が変わりうるものであるが、労働政策の観点からすると、従業員の利益に配慮しつつ企業の安定的成長を目指す志向が強かったということができる。

それを示す好例が、昭和30年に政府と連携する民間団体として設立され、経済界・労働界・学識者の三者から構成される日本生産性本部が提言した、企業が生産性を高める際に、雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配という3つの原則を重視するという、いわゆる生産性3原則である。同原則に示されたような企業の経営理念は、高度成長期以降の日本企業、特に大企業の経営理念としては広く定着し、いわゆる日本型雇用システムの基礎の一つをなすものとなっていった。第一次オイルショックのような経済危機の際においても、こうした理念は基本的に維持され、むしろ、企業の経営不振時における人員整理のありかた(後の裁判例において、整理解雇法理として定式化された)に示されるように、むしろ深化していったともみられるところである。その後、パートタイマーなどの非正規労働者が増加する傾向が出てきてはいるが、正社員との関係ではこうした理念はなお維持されてきた。

 しかし、いわゆるバブル経済の崩壊やその後のグローバル経済の進展の中での競争環境の激化を背景として、日本企業の経営理念への疑義や新たな理念が唱えられるようになった。そこでは、従来はあまり重視されなかった株主の利益、特に短期的な収益を重視するアメリカ型の資本主義観(「株主主権」の発想)への転換が強調される傾向が生じ、それを経営理念として掲げる企業も多くなっていった。政策的にも、こうした状況変化が、いわゆる規制緩和の動きへとつながっていったものとみられる。

 ところが、近年になって、以上のような企業の経営理念とは異なる志向を持つ新たな経営理念が唱えられるようになり、現在では広い支持を得つつあるように思われる。社会の持続的成長を図るために企業を取り巻く種々の課題への対応を図りつつ経営を行っていくという、いわゆるSDGs(Sustainable Development Goals)の発想を企業経営において重視する理念であり、経団連も、2022年の企業行動憲章改訂の際の序文において、この理念を掲げている。SDGsという理念の内容は、人権の尊重、消費者・顧客からの信頼、環境問題への対応など多岐にわたるものであるが、上記企業行動憲章では、株主(stockholder)のみならず多様な利害関係者(stakeholder)を重視することの一環として、労働関係においては、働き方の改革や職場環境の充実が挙げられている。同時に、企業の価値にとっての従業員等の人的資本の重要性も強調されるようになっており、「人的資本経営」という用語が最近では流行語になるとともに、有価証券報告書に企業の労働関係に関する情報を記載することが求められるなど、資本市場における企業の行動にも影響が及ぶに至っている。

 以上のような近年における企業の経営理念の変化は、性質上、主として経営側から発信されているものであるが、それが労働政策や労働法、さらには広い意味での労働者に関わる政策等においてどのような意味や影響をもつものであるか、については、必ずしも理論的な検討は十分になされていないように思われる。また、冒頭に述べたように、企業の経営理念は労働政策や労働法等を考える際に重要な意味をもつものであるから、これらの点の検討は、理論面のみならず、今後の政策や立法等を考えるにあたっても有益なものとなることが予想されるところである。

 以上のような背景を踏まえて、本研究では、SDGs等に示される企業の経営理念の変化と、その中での労働政策や労働法の位置づけや将来の課題を検討しようとするものである。

 

(2) 検討の対象と手法

  以上のような背景を踏まえて、本研究は、近時の企業の経営理念の変化と労働政策・労働法等の関係を検討するために、多角的な観点から検討対象を設定する。具体的には、SDGsや人的資本経営の重視という観点からみて、現在の労働政策等がどのように位置づけられるか、将来に向かってどのような課題を抱えているか、また、どのような新たな視点をもたらすものであるか、そもそもSDGsや人的資本経営(ないしはそれが貢献するとされている企業価値)の重視という経営理念そのものをどのように評価するかなどが検討課題となる。

 これらを具体的に検討するにあたっては、一般的・抽象的な検討のみでは十分ではなく、労働政策や労働法等の個々の領域に即した検討が求められる。その対象は、個別的労働関係法、集団的労働関係法、及び労働市場法など、労働関係に関連する様々な法領域に及ぶものであり、また、社会保障政策や社会保障法も企業の行動や労働者の生活に深い関連をもつものであるから、これらの領域も検討対象に含めることが有益である。検討の手法としては、法解釈論や、立法論を含む政策論の他、もともとSDGsという発想が国連等において提唱され、各国でも浸透していること、企業経営のあり方やそれについての考え方は国によって大きな差異があることなどから、比較法的な手法も非常に有益なものとなる。

 

 

2 「キャリア権」を主軸とした労働政策の集大成とキャリア権の普及に係る課題の整理

  (主査:鎌田耕一 東洋大学名誉教授)

 

(1)日本の雇用社会構造は、①急速な少子高齢化の進展、②DX(デジタルトランスフォーメイション)の急激な進展、③グローバル化の変容等を受けて、大きな変革を迫られている。いわゆる終身雇用・年功制を特徴とする日本的雇用システムの綻びが目立ってきており、個人がその雇用保障を一企業ないし一企業グループでの雇用維持に頼れなくなってきた。メンバーシップ型からジョブ型的働き方の模索を進んでいる。企業側はこれまでの雇用管理の在り方を、また個人の側は組織や仕事への向き合い方を、それぞれ見直す必要に迫られるなか、キャリア展開を各個人がより主体的に行うことができるキャリアを活かす労働市場の整備が企業、国等に求められている。

 

(2)キャリアを活かす労働市場を整備するにあたって、キャリア権を主軸とした労働政策の構想(「キャリア権構想」)の普及が重要である。そのためには、「職業生活をつうじて幸福を追求する権利=キャリア権」の保障を理念の域にとどめず、各種のより具体的な関連施策を整備し、企業内でのキャリア形成にとどまらず、個人の主体的な能力開発やキャリアの形成・キャリアの転換支援を、新たな労働政策の柱として強化すべき時代となっている。

 

(3)こうした観点から、2019年度から2021年度において、(公財)労働問題リサーチセンターの直轄事業として「新労働政策研究会」を組織し、わが国の労働政策の中期的課題とキャリア保障のあり方を整理し、労働政策が取り組むべき中長期的課題とキャリア保障のあり方につき、2回にわたってとりまとめを行った。2022年度以降、(一社)ダイバーシティ就労支援機構が調査研究を受託し、2021年度までの研究を継続、発展させた。2022年度報告書では、これまでの議論のとりまとめとして、キャリア権を主軸とした中長期的視点から労働政策のあり方を整理した。2024年度研究報告書では、個人を念頭に置いた労働政策を進めるにあたって、どのような基本理念や背景事情を念頭に議論を進めるべきかを整理した。また、各年度の研究会での検討結果を踏まえ、キャリア権構想の普及を図るために、2023年度、2024年度に、新労働政策研究会公開セミナーを開催した。

 

(4)2025年度研究においては、これまでの研究成果を集大成して、現時点のキャリア権の課題をわかりやすく整理するとともに、キャリア権のさらなる普及を目指し、公開 セミナーを2回開催する.

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