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調査研究

 社会情勢の変化に伴って起こる労働に関する諸問題について、自ら調査研究を行うとともに(21世紀労働法研究会、人事労務管理研究会及び比較労働法研究会による調査研究(平成23年度までは21世紀雇用政策研究会も設置))、専門的事項については学者・研究者等からなるグループ等に調査研究を委託しています。

令和5年度の委託研究 

1 雇用・就業関係の変化と労働法システムの再構築

 (主査:荒木 尚志 東京大学大学院教授)

(1) 雇用を取り巻く環境が大きく変化し、伝統的な労働法の規制手法では雇用・就業に対して適切なセーフティネットを提供できなくなってきている可能性がある。その背景の一つとしてDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ばれる報通信技術やAIの急速な発展によって、雇用・就業を取り巻く環境、そして雇用関係そのものが変質してきていることがある。

 例えばDXにより、使用者の直接的な指揮命令や、時間・場所に拘束されない就業形態の拡大は、伝統的に指揮命令への従属や拘束を中核に把握してきた雇用関係、ひいては労働者概念の再検討を要請している。また、人事管理においてもAIの活用が進んでいけば、AIを利用した企業の意思決定について、それに不満を持つ労働者がどのように争いうるのかという問題も生じ得よう。

 また、DXによりプラットフォームエコノミーが進展してくると、労働力の調達もプラットフォームを通じた労働力調達、細分化された役務提供となり、労働者が恒常的に役務を提供する「使用者」も想定しづらくなるなど、伝統的労働法が想定してきた使用者の概念による労働法規制を再考する必要が生じるかもしれない。

 さらにプラットフォームエコノミーの進展は、求人・求職活動の取引費用を低減させ、伝統的な募集・職業紹介・派遣といった枠組みによる労働市場規制では適切に対処し得なくなっている状況も想定される。2022年4月の職業安定法改正で求人メディア等について、新たな規制が導入されたのは、そうした事態への対応の第一歩とも理解できる。

 このようにDXは、伝統的な労働法が前提としてきた「労働者」「使用者」「労働市場」に変容をもたらしているとすれば、状況に適合した労働法システムの再編と、関連法領域も含めたセーフティネットの再構築が要請されることになろう。

 もっとも、こうした伝統的雇用・就業関係の変化は、DXのみによって引き起こされているものではなく、DXは、この数十年進展してきた雇用・就業関係の多様化を象徴的に顕在化させているというべきかもしれない。

(2) 以上のような状況を踏まえて、本プロジェクトでは、DXに直接限定することなく、雇用・就業関係の変化が労働法にいかなる課題をもたらしているのかを把握し、これに今後どのような労働法システムを用意して対応していくべきかについて検討する。具体的には以下のとおりである。

 第1に、指揮命令や拘束の要素が希薄化し、独立自営業者との関係も問題となっている「労働者」に焦点を当てて、労働者概念の再検討や雇用類似就業者をも視野に入れた法政策上の課題が提起されている。この問題については、2023年4月に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(いわゆるフリーランス新法)が成立した。競争法と労働法の相互乗り入れによる新たなセーフティネット構築の動きとも言え、今後の労働法政策の方向性を考える上で重要な検討対象である。また、伝統的な労働者についても、DX等の影響もあり、その働き方はますます多様化しており、これらの多様な労働者にいかなる法規制をおこなうべきかも、重要な検討事項である。

 第2に、労働者概念が再検討されれば、その相手方たる「使用者」の概念の再検討も必要となる。また、労働契約における労働者の相手方たる使用者、法人格単位の企業を名宛人としてきた労働法規制が、グループ経営という企業運営実態やサプライチェーンを含めた企業集団の社会的責任への関心の高まりなどに、適切に対応できているのかも検討を要する事項である。とりわけ、企業組織の変更の場面では、労働法上の責任を問われる使用者は誰かを巡って、具体的に解明すべき課題も多い。

 第3に、労働者と使用者というアクターに加えて、労働関係では労働組合や従業員代表という、集団的労使関係の担い手が存在する。この労働者の集団的代表組織が、雇用・就業システムにおいていかなる役割をはたすべきかの検討も重要である。例えば、多様化する労働者・就業者に対応した法規制を構想するに際しては、その多様性に適合した規制の設定にあたって、労働者の集団的代表組織の役割がクローズアップされてくる可能性があろう。

第4に、労働市場の変容に対応して、伝統的な労働市場法の再検討も必要となろう。プラットフォームエコノミーや求人メディアの興隆によって、労働者の求職コスト、転職コストが低下すれば、伝統的な労働法が労働者の交渉力の強化するために用意した集団的交渉システムによる方策(Voiceの強化)に加えて、転職というオプションを用いうることによる交渉力の強化(Exitの強化)という選択肢も考慮すべきことになろう。その際には、転職時のセーフティネットの整備について、社会保障法等の隣接施策との関連も踏まえて、総合的な検討が要請されよう。

(3) 以上のような問題意識のもと、本プロジェクトでは、同様の諸課題に直面している諸外国の状況についても、適宜、比較法的分析を加えつつ、検討する。

2 新たな時代の労働政策の課題とキャリア保障

 (主査:諏訪 康雄 法政大学名誉教授)

(1)日本の雇用社会構造は、①急速な少子高齢化の進展、②テクノロジー変化の急激な進展、③グローバル化の変容等を受けて、大きな変革を迫られている。いわゆる終身雇用・年功制を特徴とする日本的雇用システムの綻びが目立ってきており、個人がその雇用保障を一企業ないし一企業グループでの雇用維持に頼れなくなってきた。企業側はこれまでの雇用管理の在り方を、また個人の側は組織や仕事への向き合い方を、それぞれ見直す動きを示すなか、キャリア展開を各個人がより主体的に行うことができる環境整備が企業、国等に求められている。

(2)女性、高齢者、外国人、障害者等は、日本型雇用システムでは周辺労働力としての限定的な「職務型」に位置付けられ、活躍の余地が限られてきたが、進行する労働力不足のなか、新たな対応が迫られている。

(3)「職業生活をつうじて幸福を追求する権利=キャリア権」の保障をより具体化し、企業任せのキャリア形成だけでない能力開発支援、キャリアの形成・キャリアの転換支援の重視を、新たな労働政策として強化すべき時代となっている。

(4)こうした観点から、2019年度から2021年度において、(公財)労働問題リサーチセンターの直轄事業として「新労働政策研究会」を組織し、わが国の労働政策の中期的課題とキャリア保障のあり方を整理し、労働政策が取り組むべき中長期的課題とキャリア保障のあり方につき、2回にわたってとりまとめを行った。2022年度においては、(一社)ダイバーシティ就労支援機構が調査研究を受託し、2021年度までの研究を継続、発展させた。2022年度報告書では、総論において、これまでの議論状況のまとめとして、キャリア権を主軸とした中長期的視点から労働政策のあり方を整理し、各論として、研究会メンバーが研究会での議論動向を踏まえながらそれぞれの見解を表明している。

(5)2023年度研究においては、わが国の労働政策を、キャリア権を基軸に諸方面について見直し、雇用労働政策へのより具体的な反映をめざした提言をまとめることとする。

特に、①キャリア形成の支援につながる労働市場の構築、②組織内キャリアの保護、③スペシャリスト型キャリアの保護、④テンポラリー(断続)型キャリアの保護、⑤女性、中高年シニア、外国人、障害者等が活躍する社会を実現するための方策、⑥キャリア保障を重視した「人への投資」のあり方、について整理・提言したい。

 なお、オンラインセミナーを1回開催する。

 

 ※ 令和5年12月6日に開催した「新労働政策研究会第1回公開セミナー」の動画を公開しました。

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         今回のセミナーでは、「雇用社会のパラダイムシフトは起きつつあるか?」をテーマに、社会構造の変化中での人的資本

      経営とキャリア自律をめぐり、新労働政策研究会の主要メンバーの方々に熱く語り合ってだきました。

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